ルカ​に​よる​福音​書 3:1-38

3  ティベリウス・カエサル*せいだい15ねん,ポンテオ・ピラト+がユダヤのそうとく,ヘロデ+がガリラヤのいきはいしゃ,そのきょうだいフィリポがイツリアとテラコニテほういきはいしゃ,ルサニアがアビレネのいきはいしゃだったとき  アンナスとカヤファ+さいちょうだっただいに,こうでゼカリヤ+ヨハネ+かみからことけた+  それでヨハネはヨルダンがわいったいめぐり,つみゆるしのためのあらためをしょうちょうするバプテスマについてでんどうした+  げんしゃイザヤのことしょにこうしるされているとおりである。「こうさけこえがする。『エホバのみちととのえよ。そのどうっすぐにせよ+  すべてのたにめ,すべてのやまおかたいらにしなければならず,がったみちっすぐにし,でこぼこのみちをならさなければならない。  そしてすべてのひとかみすく*+』」。  ヨハネは,バプテスマをけにぐんしゅうにこうはじめた。「どくへびのようなものたち,かみあらわそうとしているいきどおりからのがれるようにとだれわれたのですか+  では,あらためていることをしめこうどうりなさい。『わたしたちにはちちアブラハムがいる』などとこころなかってはなりません。かみはこれらのいしからアブラハムのためにどもしょうじさせることもできるのです。  すでにもとにおのがかれています。りっむすばないみなたおされてまれます+」。 10  すると,ぐんしゅうがヨハネにたずねた。「では,どうすればいいのでしょうか」。 11  ヨハネはこたえた。「ふくを2まい*っているひとは1まいっていないひとい,ものっているひとおなじようにしなさい+」。 12  ちょうぜいにんたちもバプテスマをけに+,「せんせいわたしたちはどうすればいいのでしょうか」とった。 13  ヨハネはった。「ぜいりつじょうきんがくようきゅう*してはなりません+」。 14  また,へいえきいているひとたちも,「わたしたちはどうすればいいのでしょうか」とたずねた。ヨハネはった。「だれにもいやがらせをしたり*かりをつけたりしてはなりません+ぶんきゅうりょうまんぞくしなさい」。 15  さて,たみたいいだいていて,みながヨハネについて,「もしかしたらかれがキリストではないか」とこころなかかんがえていた+ 16  それでヨハネはみなにこうった。「わたしみずでバプテスマをほどこします。しかし,わたしよりつよかたます。わたしはそのかたのサンダルのひもをほどくにもあたいしません+。そのかたせいなるちからでバプテスマをほどこします+ 17  そのかたのうぎょう使つかうシャベルをにしています。だっこくをすっかりきれいにし,むぎくらなかあつめるためです。しかし,もみがらえないはらいます」。 18  ヨハネはほかにもおおくのことをすすめ,つづたみらせをげた。 19  しかしいきはいしゃのヘロデは,ぶんきょうだいつまヘロデアにかんし,またぶんがしたすべてのあくかんして,ヨハネにいましめられたため, 20  もう1つあくおこなった。ヨハネをろうめたのである+ 21  さて,たみみなバプテスマをけていたとき,イエスもバプテスマをけた+。そしていのっていると,てんひら+ 22  せいなるちからがハトのようなかたちをとってイエスのうえくだり,てんからこえがあった。「あなたはわたしあいするわたしはあなたのことをよろこんでいる+」。 23  イエス+かつどうかいしたとき,およそ30さい+ひとびとけんでは, ヨセフのであった+。ヨセフのちちはヘリで,さかのぼると, 24  マタテ,レビ,メルキ,ヤンナイ,ヨセフ, 25  マタテヤ,アモス,ナホム,エスリ,ナンガイ, 26  マアテ,マタテヤ,セメイン,ヨセク,ヨダ, 27  ヨハナン,レサ,ゼルバベル+,シャルテル+,ネリ, 28  メルキ,アデイ,コサム,エルマダム,エル, 29  イエス,エリエゼル,ヨリム,マタテ,レビ, 30  シメオン,ユダ,ヨセフ,ヨナム,エリヤキム, 31  メレア,メンナ,マタタ,ナタン+,ダビデ+ 32  エッサイ+,オベデ+,ボアズ+,サルモン+,ナフション+ 33  アミナダブ+,アルニ,ヘツロン+,ペレツ+,ユダ+ 34  ヤコブ+,イサク+,アブラハム+,テラ+,ナホル+ 35  セルグ+,レウ+,ペレグ+,エベル+,シェラハ+ 36  カイナン,アルパクシャド+,セム+,ノア+,レメク+ 37  メトセラ+,エノク+,ヤレド+,マハラルエル+,カイナン+ 38  エノシュ+,セツ+,アダム+いたる。そしてアダムはかみであった。

脚注

または,「皇帝ティベリウス」。
または,「神の救いの手段」,「神による救い」。
または,「替えの衣服を」。
または,「徴収」。
または,「誰からも暴力で脅し取ったり」,「誰をも威嚇したり」,「誰にも威張り散らしたり」。

注釈

活動を開始した: または,「宣教を開始した」,「教え始めた」。直訳,「開始した」,「始めた」。ルカはここと同じギリシャ語の表現を使徒 1:21,2210:37,38で,イエスの地上での宣教に関して使っている。イエスの宣教には,伝道し,教え,人々を弟子とすることが含まれていた。

過ぎ越しの祭り: イエスは西暦29年秋のバプテスマの後,伝道活動を開始した。それで,ここで述べられている宣教初期の過ぎ越しは西暦30年春に行われたものだったに違いない。(ルカ 3:1の注釈付録A7を参照。)4つの福音書を比較することで,イエスの地上での宣教期間中に過ぎ越しが4回あったことが示され,宣教が3年半続いたという結論になる。マタイ,マルコ,ルカの福音書(しばしば共観福音書と呼ばれる)は,イエスが死んだ時の4回目の過ぎ越し以外は述べていない。ヨハネは3つの過ぎ越しについてはっきり述べている。(ヨハ 2:13; 6:4; 11:55)そして,もう1つはヨハ 5:1の「ユダヤ人の祭り」という表現で言及されていると思われる。これは,イエスの生涯をより詳しく理解するために福音書の記述を比較することの価値をよく示す1例。ヨハ 5:1; 6:4; 11:55の注釈を参照。

地域支配者: 直訳,「四分領太守」(属州の「4分の1の支配者」という意味)。下級の地域支配者や地方領主に当てはまる語で,ローマ当局の承認を得て支配した。ヘロデ・アンテパスの四分領はガリラヤとペレア。マル 6:14の注釈と比較。

ヘロデ王: ヘロデ大王の子ヘロデ・アンテパスのこと。(用語集参照。)マタイとルカはアンテパスのローマの正式な称号「四分領太守」つまり「地域支配者」を使っている。(マタ 14:1,ルカ 3:1の注釈を参照。)その四分領はガリラヤとペレアから成っていた。しかし,彼は一般に「王」と呼ばれていた。このヘロデについて,マタイはその称号を1度使い(マタ 14:9),マルコはその称号のみを使っている。(マル 6:22,25-27

カエサレア・フィリピ: ヨルダン川の水源地で海抜350メートルの高台にあった町。ガリラヤ湖の北40キロほど,ヘルモン山の南西山麓にあった。ヘロデ大王の息子で四分領太守のフィリポがローマ皇帝をたたえてカエサレアと名付けた。同じ名前の海港の町と区別するために,カエサレア・フィリピと呼ばれた。これは「フィリポのカエサレア」という意味。付録B10参照。

ティベリウス……の治世の第15年: カエサル・アウグストゥスは西暦14年8月17日(グレゴリオ暦)に死んだ。9月15日,ティベリウスはローマ元老院が自分を皇帝と宣言することを許諾した。ティベリウスの治世の第15年は,アウグストゥスの死から数えるなら,西暦28年8月から29年8月までになる。正式に皇帝と宣言された時から数えるなら,西暦28年9月から29年9月までになる。ヨハネは西暦29年の春(北半球)に宣教を開始したと思われる。それはティベリウスの治世の第15年中のことである。ティベリウスの治世の第15年に,ヨハネはおよそ30歳だっただろう。それはレビ族の祭司が神殿で奉仕を開始する年齢。(民 4:2,3ルカ 3:21-23によれば,イエスも,ヨハネによってバプテスマを受けて「活動を開始した」時,「およそ30歳」だった。イエスは春のニサンの月に死んだので,3年半の宣教は,エタニムの月(9月から10月)の頃に始まったと考えられる。ヨハネは恐らくイエスより6カ月年上で,イエスより6カ月早く宣教を開始したと思われる。(ルカ 1章)それで,ヨハネは西暦29年の春に宣教を開始したと結論できる。ルカ 3:23,ヨハ 2:13の注釈を参照。

ヘロデ: ヘロデ大王の子ヘロデ・アンテパスのこと。用語集参照。

地域支配者: 直訳,「四分領太守」。下級の地域支配者や地方領主のことで,ローマ当局の承認を得て支配した。マタ 14:1,マル 6:14の注釈を参照。

兄弟フィリポ: ヘロデ・アンテパスの異母兄弟のこと。このフィリポは,ヘロデ大王がエルサレムのクレオパトラという妻によってもうけた子。マタ 14:3マル 6:17に出ている同じ名前の異母兄弟(ヘロデ・フィリポとも言われる)と区別するために,四分領太守フィリポと呼ばれることがある。マタ 16:13の注釈を参照。

イツリア: ガリラヤ湖北東の小さな地域で,境界は一定しておらず明確ではなかった。レバノン山脈とアンティ・レバノン山脈の付近と思われる。付録B10参照。

テラコニテ: この地名は「でこぼこ」を意味するギリシャ語の語根に由来し,恐らくその地域のでこぼこした地形を述べたもの。テラコニテはイツリアの東にあったバシャン(申 3:3-14)として知られた地域の一部で,約900平方キロしかなかった。北の端は,ダマスカスの南西40キロほどの所に及んでいた。

ルサニア: ルカの記述によれば,ルサニアはバプテストのヨハネが宣教を開始した時にローマの行政区アビレネの「地域支配者[直訳,「四分領太守」]」だった。アビレネの首都でシリアのダマスカス(付録B10参照)に近いアビラで見つかった碑文は,ルサニアという名前の四分領太守がローマ皇帝ティベリウスと同じ時期に支配していたことを裏付けている。この発見によって,ルカがこのルサニアを近くのカルキスで支配していたルサニアという王と混同していると主張する一部の批評家の誤りが証明された。その王は,ルカが述べたより何十年も前,紀元前34年ごろに殺害されている。

アビレネ: ローマの行政区である四分領で,首都アビラにちなんで名付けられ,ヘルモン山の北,アンティ・レバノン山脈地方に位置していた。用語集の「レバノン山脈」参照。

ゼカリヤ: 「エホバは覚えた」という意味のヘブライ語の名前。この名前のギリシャ語形を採用して「ザカリア」としている聖書翻訳もある。

ユダヤの荒野: ユダの山地の東側に当たる,ほとんど人の住まない不毛の傾斜地で,標高差が1200メートルほどある。ヨルダン川と死海の西岸にまで広がる。ヨハネはこの地域,死海の北側で奉仕を始めた。

アンナスとカヤファが祭司長: ルカは,バプテストのヨハネの宣教の開始を正確に示して,ユダヤ人の祭司たちが2人の有力者に支配されていた時代について述べている。アンナスは西暦6年か7年ごろにシリアのローマ総督クレニオによって大祭司に任命され,西暦15年ごろまで務めた。ローマ人に退任させられて大祭司という公式の称号を持たなくなった後も,名誉大祭司またユダヤ教の聖職者階級の有力な発言者として大きな力と影響力を行使し続けたと思われる。息子5人は大祭司となり,娘婿カヤファは西暦18年ごろから36年ごろまで大祭司を務めた。それで西暦29年にはカヤファが大祭司だったが,アンナスも主要な地位のゆえに「祭司長」と言うことができた。(ヨハ 18:13,24。使徒 4:6

ヨハネ: ルカだけが,ヨハネをゼカリヤの子として紹介している。(ルカ 1:5の注釈を参照。)ヨハネが神から言葉を受けたことを述べているのもルカだけで,セプトゥアギンタ訳で預言者エリヤに関する記述に出ているのとよく似た言い回しを使っている。(王一 17:2; 21:28 [20:28,LXX])エリヤはヨハネを表していた。(マタ 11:14; 17:10-13)3つの共観福音書全て(マタイ,マルコ,ルカ)はヨハネが荒野にいたことを述べているが,マタイはそれを「ユダヤの荒野」と特定している。それはユダの山地の東側に当たる,ほとんど人の住まない不毛の傾斜地で,標高差が1200メートルほどあり,ヨルダン川と死海の西岸にまで広がる。マタ 3:1の注釈を参照。

悔い改めを象徴するバプテスマ: 直訳,「悔い改めのバプテスマ」。バプテスマは罪を洗い去るものではなかった。ヨハネによるバプテスマを受ける人は律法に対する罪を人の前で悔い改め,行いを改める決意を示した。そのような悔い改めによってキリストに導かれることになった。(ガラ 3:24)こうしてヨハネは,人々が神の用意した「救い」を見られるよう整えていた。(ルカ 3:3-6マタ 3:2,8,11の注釈と,用語集の「バプテスマ」,「悔い改め」を参照。

悔い改めを象徴するバプテスマ: マル 1:4の注釈を参照。

その道路を真っすぐにせよ: 古代の支配者の習慣に暗に言及していたのかもしれない。人をやって,大きな石を取り除かせ,さらには土手道を築かせたり丘を平らにさせたりして,王の兵車の前に道を整えさせた。

エホバ: ここで引用されているイザ 40:3では,元のヘブライ語本文に,ヘブライ語の4つの子音字(YHWHと翻字される)で表される神の名前が出ている。(付録C参照。)ルカはこの預言をバプテストのヨハネに当てはめている。ヨハネは,天の父の代理として父の名によって来るイエスの前を行くという意味で,エホバの道を整えることになっていた。(ヨハ 5:43; 8:29)使徒ヨハネの福音書では,バプテストのヨハネがこの預言を自分自身に当てはめている。(ヨハ 1:23

その道路を真っすぐにせよ: マタ 3:3の注釈を参照。

バプテスマを施します: または,「浸礼を施します」。ギリシャ語バプティゾーは,「浸す」,「漬ける」という意味。聖書の他の箇所からすると,バプテスマは完全に浸すこと。ある時,ヨハネはサリムに近いヨルダン渓谷でバプテスマを施していた。「そこに水がたくさんあったから」とある。(ヨハ 3:23)フィリポがエチオピアの高官にバプテスマを施した時,2人は「水の中に下りて」いった。(使徒 8:38)同じギリシャ語がセプトゥアギンタ訳の王二 5:14で,ナアマンが「ヨルダン川に7回体を浸した」ことを指して使われている。

毒蛇のような者たち: 直訳,「毒蛇たちの子孫」。彼らの邪悪さと悪影響が,不用意な人々にとって死をもたらす毒のようだったので,こう呼ばれている。

バプテスマを受け: または,「浸礼を受け」,「浸され」。マタ 3:11の注釈を参照。

毒蛇のような者たち: マタ 3:7の注釈を参照。

悔い改めなさい: ここで使われているギリシャ語は「考えを変える」と直訳することもでき,考え・態度・目的の変化を意味する。この文脈では,神との関係で「悔い改めなさい」と言っている。マタ 3:8,11の注釈用語集を参照。

悔い改めた: または,「考えを変えた」。マタ 3:2,8の注釈用語集を参照。

悔い改めていることを示す行動: ここで「行動」と訳されている言葉は,「実」に当たるギリシャ語(カルポス)の複数形で,ヨハネの言葉を聞く人たちが考えや態度を変えたことを示す証拠や行動を比喩的に指す。(マタ 3:8。使徒 26:20マタ 3:2,11の注釈と用語集の「悔い改め」を参照。

徴税人: ローマ当局のために税を徴収するユダヤ人が多くいた。そのようなユダヤ人は,人々が反感を持つ外国勢力に協力していただけでなく,公式の税率以上のものを取り立てたので,嫌われていた。徴税人はたいてい仲間のユダヤ人から避けられ,罪人や娼婦と同格に扱われた。(マタ 11:19; 21:32

徴税人: マタ 5:46の注釈を参照。

脅し取った: または,「言い掛かりをつけて脅し取った」。ルカ 3:14の注釈を参照。

兵役に就いている人たち: 生来のユダヤ人の兵士たちと思われる。ある種の警察業務,関税などの税の徴収をしたかもしれない。ユダヤ人の兵士はエホバ神との契約関係にあった。罪の悔い改めの象徴としてバプテスマを受けることを望む場合,行いを改め,脅し取るなどの罪をやめなければならなかった。兵士はそうした犯罪で悪名高かった。(マタ 3:8

言い掛かりをつけ: ここで「言い掛かりをつけ」と訳されているギリシャ語(シュコファンテオー)は,ルカ 19:8で「脅し取った」,「言い掛かりをつけて脅し取った」と訳されている。(ルカ 19:8の注釈を参照。)この動詞は字義的には「イチジクを見せることによって取る」という意味だと言われてきた。その語源についてはさまざまな説がある。1つの説として,古代アテネではその地方からイチジクを輸出するのが禁じられていた。それで,イチジクを輸出しようとしているとして人を告発する者は「イチジクを見せる者」と呼ばれた。この語は,利益を得るために言い掛かりをつける者,恐喝者を指すようになった。

給料: または,「支給物」。この表現はここで軍事用語として使われ,兵士の賃金,給与,手当を指している。元々,兵士の手当には食物などの支給物が含まれていたのだろう。ヨハネの所に来たユダヤ人の兵士たちは,特に関税もしくは税の徴収に関連したある種の警察業務を行っていたのかもしれない。ヨハネがこの助言を与えたのは,ほとんどの兵士は賃金が低く,収入を補うために職権を乱用する傾向があったからだと思われる。この語はコ一 9:7の「自費で」という表現の中でも使われ,そこでパウロはクリスチャンの兵士が受け取れるものについて述べている。

期待を抱いていて: または,「期待して待っていて」。そのような期待は,天使がイエスの誕生を知らせ,続いてそれを羊飼いたちが広めたことによって生じたのかもしれない。(ルカ 2:8-11,17,18)その後,神殿で,女預言者アンナはイエスについていろんな人に語った。(ルカ 2:36-38)また,「ユダヤ人の王として生まれた方」に敬意を表するために来たという占星術師たちの言葉は,ヘロデや祭司長や律法学者たち,エルサレムの人全てにかなりの影響を与えた。(マタ 2:1-4

バプテスマを施します: または,「浸礼を施します」。ギリシャ語バプティゾーは,「浸す」,「漬ける」という意味。聖書の他の箇所からすると,バプテスマは完全に浸すこと。ある時,ヨハネはサリムに近いヨルダン渓谷でバプテスマを施していた。「そこに水がたくさんあったから」とある。(ヨハ 3:23)フィリポがエチオピアの高官にバプテスマを施した時,2人は「水の中に下りて」いった。(使徒 8:38)同じギリシャ語がセプトゥアギンタ訳の王二 5:14で,ナアマンが「ヨルダン川に7回体を浸した」ことを指して使われている。

サンダル: 人のサンダルを脱がせて運んだり,人のサンダルのひもをほどいたりすること(マル 1:7。ルカ 3:16。ヨハ 1:27)は,奴隷のような立場の低い人の仕事と見なされていた。

バプテスマを施します: マタ 3:11の注釈を参照。

サンダル: マタ 3:11の注釈を参照。

農作業に使うシャベル: 恐らく木製で,脱穀した穀物を空中に放り上げて,わらともみ殻が風で吹き払われるようにするのに使われた。

もみ殻: 大麦や小麦などの穀粒に付いている薄い覆い,もしくは殻。風で飛ばされて積み上げた穀物と混ざってしまわないよう,普通は集めて焼かれた。ヨハネは農作業を例えにして,メシアが象徴的な小麦をもみ殻から分けることを述べた。

消えない火: ユダヤ人の体制の完全な終わりが来ることを示す。

農作業に使うシャベル: マタ 3:12の注釈を参照。

もみ殻: マタ 3:12の注釈を参照。

消えない火: マタ 3:12の注釈を参照。

地域支配者: 直訳,「四分領太守」(属州の「4分の1の支配者」という意味)。下級の地域支配者や地方領主に当てはまる語で,ローマ当局の承認を得て支配した。ヘロデ・アンテパスの四分領はガリラヤとペレア。マル 6:14の注釈と比較。

地域支配者: マタ 14:1の注釈を参照。

天: 物理的な天つまり空も,神の住まいである天も指せる。

祈っていると: ルカは福音書で,祈りに特別の注意を向けている。ルカだけが記しているイエスの祈りがいくつもある。例えば,ルカはここでイエスがバプテスマの時に祈っていたという点を述べている。この時の祈りでイエスが述べた意味深い言葉の一部を後にパウロが記録したのだろう。(ヘブ 10:5-9)ルカだけが記しているイエスの祈りのほかの例は,ルカ 5:16; 6:12; 9:18,28; 11:1; 23:46

天: マタ 3:16の注釈を参照。

天が開き: 神は,イエスが天の事柄を認識できるようにしたと思われる。それには人間になる前の記憶も含まれていただろう。バプテスマ以後のイエス自身の言葉,特に33年の過ぎ越しの晩の親密な祈りは,人間になる前のことをイエスが知っていたことを示している。また,天で見聞きした父の言葉や行動,受けていた栄光を思い出していたことも示している。(ヨハ 6:46; 7:28,29; 8:26,28,38; 14:2; 17:5)バプテスマを受けて任命された時にこうした記憶がイエスによみがえったのだろう。

雲の中から声がして: 福音書の中で,エホバが人間に直接話したことが記されている3つの事例のうち2つ目のもの。ルカ 3:22,ヨハ 12:28の注釈を参照。

声: 福音書の中で,エホバが人間に直接話したことが記されている3つの事例のうち3つ目のもの。1つ目は西暦29年のイエスのバプテスマの時で,マタ 3:16,17,マル 1:11,ルカ 3:22に記されている。2つ目は西暦32年,イエスの姿が変わった時で,マタ 17:5,マル 9:7,ルカ 9:35に記されている。3つ目はヨハネの福音書だけに出ていて,西暦33年,イエスの最後の過ぎ越しの少し前のこと。エホバは,お名前を栄光あるものとしてください,というイエスの願いに答えた。

あなたは私の……子: イエスは天にいた時,神の子だった。(ヨハ 3:16)また,人間として生まれた時から,完全なアダムと同じように「神の子」だった。(ルカ 1:35; 3:38)とはいえ,ここの神の言葉は単にイエスが誰であるかを述べているのではないと考えられる。神は,聖なる力を注ぐことに伴うこの宣言によって,人間イエスが新しい意味でご自分の子となったことを示したようだ。イエスは天での命に戻る見込みを持つ者として「再び生まれ」,神の任命された王また大祭司となるよう聖なる力によって選ばれたのである。(ヨハ 3:3-6; 6:51。ルカ 1:31-33,ヘブ 2:17; 5:1,4-10; 7:1-3と比較。)

私はあなたのことを喜んでいる: または,「私はあなたを是認した」。同様の表現がマタ 12:18にあり,そこは約束のメシアつまりキリストに関するイザ 42:1からの引用。聖なる力を注ぐこと,および子に関する神の宣言は,イエスが約束のメシアであることをはっきり示すもの。マタ 3:17;12:18の注釈を参照。

ハトのような: ハトは神聖な目的で用いられ,象徴的な意味もあった。犠牲として捧げられた。(マル 11:15。ヨハ 2:14-16)潔白や清浄の象徴だった。(マタ 10:16)ノアの放ったハトがオリーブの葉をくわえて箱船に戻ったことは,洪水の水が引いたこと(創 8:11),休息と平和の時が近いこと(創 5:29)を示していた。それで,イエスのバプテスマの時,エホバはハトを使って,イエスのメシアとしての役割に注意を引いていたと思われる。清浄で罪のない神の子が人類のために命を犠牲にして,王として治める休息と平和の時期の基礎を据えるのである。神の聖なる力つまり神の送り出す力がバプテスマを受けたイエスの上に下る様子は,ハトが止まり木に舞い降りる時のようだったのかもしれない。

天から声があった: 福音書の中で,エホバが人間に聞こえるように話したことが記されている3つの事例のうち最初のもの。ルカ 9:35,ヨハ 12:28の注釈を参照。

あなたは私の……子: マル 1:11の注釈を参照。

私はあなたのことを喜んでいる: マル 1:11の注釈を参照。

シャルテル,ネリ: 代一 3:17マタ 1:12によれば,シャルテルはネリの子ではなくエコニヤの子。もしかするとシャルテルはネリの娘と結婚して義理の息子になったので,「ネリ」の子と見なされたのかもしれない。ヘブライ人の系譜で義理の息子を子と呼ぶのは珍しくなかった。同様の理由で,ルカはマリアの父ヘリを「ヨセフの父」と述べたのだと思われる。ルカ 3:23の注釈を参照。

イエス・キリストについての歴史: マタイはダビデの子ソロモンの家系をたどっている。一方,ルカはダビデの子ナタンの家系をたどっている。(マタ 1:6,7。ルカ 3:31)マタイはソロモンから,法的にイエスの父であるヨセフまでをたどって,イエスにダビデの王座につく法的権利があることを示している。ルカはマリアの系譜をたどっているようで,イエスがダビデの家系から生まれていることを示している。

ヨセフ: マタイはここで,ヨセフとイエスの関係を述べるのに,「子」(マタ 1:2の注釈を参照)という言葉を使っていない。ヨセフの妻マリアからイエスが生まれたと言っているだけである。ギリシャ語の本文で使われている代名詞は女性形で,マリアしか指せない。それで,マタイの系譜は,イエスがヨセフの実際の子ではないが,養子なのでダビデの王座の法的な継承者であることを示している。ルカの系譜は,イエスが母マリアを通してダビデの家系の生まれであることを示している。

シャルテル,ネリ: 代一 3:17マタ 1:12によれば,シャルテルはネリの子ではなくエコニヤの子。もしかするとシャルテルはネリの娘と結婚して義理の息子になったので,「ネリ」の子と見なされたのかもしれない。ヘブライ人の系譜で義理の息子を子と呼ぶのは珍しくなかった。同様の理由で,ルカはマリアの父ヘリを「ヨセフの父」と述べたのだと思われる。ルカ 3:23の注釈を参照。

活動を開始した: または,「宣教を開始した」,「教え始めた」。直訳,「開始した」,「始めた」。ルカはここと同じギリシャ語の表現を使徒 1:21,2210:37,38で,イエスの地上での宣教に関して使っている。イエスの宣教には,伝道し,教え,人々を弟子とすることが含まれていた。

人々の意見では: もしかすると,「法的には」。この別訳は少数の学者が提案していて,ここのギリシャ語をそう取ることもできる。この文脈でそのように訳すと,当時入手できた系譜による法的な裏付けがあるという意味になる。とはいえ,「新世界訳」の本文の訳し方をほとんどの学者が支持している。

人々の意見では,ヨセフの子であった: イエスは聖なる力によって生み出されたので,ヨセフは実際にはイエスの養父だった。しかし,ナザレの人々はヨセフとマリアがイエスを育てるのを見ていたので,当然イエスをヨセフの子と考えた。他の聖句もそのことを示している。例えば,マタ 13:55ルカ 4:22で,ナザレの住民は,イエスを「大工の息子」とか「ヨセフの子」と呼んでいる。ある時,イエスに反感を抱いた人々は,「これはヨセフの子イエスではないか。私たちは彼の父親も母親も知っている」と発言した。(ヨハ 6:42)フィリポもナタナエルに,「私たちは……見つけた。ヨセフの子……イエスだ」と言った。(ヨハ 1:45)ここのルカの記述は,イエスが「ヨセフの子」と呼ばれたのは一般的な意見にすぎないことを裏付けている。

ヨセフの父はヘリ: マタ 1:16には「ヤコブの子はヨセフで,その妻マリア」とある。ルカの記述で「ヨセフの父はヘリ」となっているのは,ヨセフがヘリの義理の息子という意味だと思われる。(同様の例に関して,ルカ 3:27の注釈を参照。)祖父から孫までの血統を娘を通してたどる場合でも,ユダヤ人は通常,男性を系譜に載せた。それでルカは,娘の名前を省いて夫を子として挙げたのだろう。ルカはマリアを通してイエスの家系をたどったと思われる。それで,ヘリはマリアの父親で,イエスの母方の祖父だったと言える。マタ 1:1,16,ルカ 3:27の注釈を参照。

ヨセフの父はヘリ: マタ 1:16には「ヤコブの子はヨセフで,その妻マリア」とある。ルカの記述で「ヨセフの父はヘリ」となっているのは,ヨセフがヘリの義理の息子という意味だと思われる。(同様の例に関して,ルカ 3:27の注釈を参照。)祖父から孫までの血統を娘を通してたどる場合でも,ユダヤ人は通常,男性を系譜に載せた。それでルカは,娘の名前を省いて夫を子として挙げたのだろう。ルカはマリアを通してイエスの家系をたどったと思われる。それで,ヘリはマリアの父親で,イエスの母方の祖父だったと言える。マタ 1:1,16,ルカ 3:27の注釈を参照。

ゼルバベル,シャルテル: ゼルバベルは何度も「シャルテルの子」と呼ばれているが(エズ 3:2,8; 5:2。ネヘ 12:1。ハガ 1:1,12,14; 2:2,23。マタ 1:12),シャルテルの弟「ペダヤの子」とされている箇所が1カ所ある。(代一 3:17-19)ゼルバベルはペダヤの実子だったと思われるが,法的にシャルテルの子と見なされたようだ。ペダヤが,息子ゼルバベルが子供の時に死んだのだとすれば,ペダヤの一番上の兄シャルテルがゼルバベルを自分の子として育てたのかもしれない。あるいは,シャルテルが子供を持たずに死んでペダヤがレビレート婚を行ったのだとすれば,シャルテルの妻によるペダヤの子がシャルテルの法的な相続人と見なされたのだろう。

シャルテル,ネリ: 代一 3:17マタ 1:12によれば,シャルテルはネリの子ではなくエコニヤの子。もしかするとシャルテルはネリの娘と結婚して義理の息子になったので,「ネリ」の子と見なされたのかもしれない。ヘブライ人の系譜で義理の息子を子と呼ぶのは珍しくなかった。同様の理由で,ルカはマリアの父ヘリを「ヨセフの父」と述べたのだと思われる。ルカ 3:23の注釈を参照。

イエス: エシュアあるいはヨシュアというヘブライ語の名前に対応する。これらはエホシュアの短縮形で,「エホバは救い」という意味。

イエス: または,「ヨシュア(エシュア)」。「ヨセ」としている古代写本もある。マタ 1:21の注釈を参照。

イエス・キリストについての歴史: マタイはダビデの子ソロモンの家系をたどっている。一方,ルカはダビデの子ナタンの家系をたどっている。(マタ 1:6,7。ルカ 3:31)マタイはソロモンから,法的にイエスの父であるヨセフまでをたどって,イエスにダビデの王座につく法的権利があることを示している。ルカはマリアの系譜をたどっているようで,イエスがダビデの家系から生まれていることを示している。

ヨセフ: マタイはここで,ヨセフとイエスの関係を述べるのに,「子」(マタ 1:2の注釈を参照)という言葉を使っていない。ヨセフの妻マリアからイエスが生まれたと言っているだけである。ギリシャ語の本文で使われている代名詞は女性形で,マリアしか指せない。それで,マタイの系譜は,イエスがヨセフの実際の子ではないが,養子なのでダビデの王座の法的な継承者であることを示している。ルカの系譜は,イエスが母マリアを通してダビデの家系の生まれであることを示している。

ヨセフの父はヘリ: マタ 1:16には「ヤコブの子はヨセフで,その妻マリア」とある。ルカの記述で「ヨセフの父はヘリ」となっているのは,ヨセフがヘリの義理の息子という意味だと思われる。(同様の例に関して,ルカ 3:27の注釈を参照。)祖父から孫までの血統を娘を通してたどる場合でも,ユダヤ人は通常,男性を系譜に載せた。それでルカは,娘の名前を省いて夫を子として挙げたのだろう。ルカはマリアを通してイエスの家系をたどったと思われる。それで,ヘリはマリアの父親で,イエスの母方の祖父だったと言える。マタ 1:1,16,ルカ 3:27の注釈を参照。

ナタン: バテ・シバによるダビデの子。マリアの先祖。(サ二 5:13,14。代一 3:5)ギリシャ語聖書で,ここにだけ出ている。ルカによるイエスの系譜はマタイによる系譜と違っているが,名前のほとんどが違うのは,ルカがダビデの子ナタンを通して家系をたどっているのに対し,マタイはダビデの子ソロモンを通して家系をたどっているからだという説明ができる。(マタ 1:6,7)ルカはマリアの系譜をたどっているようで,イエスがダビデの家系から生まれていることを示している。マタイはソロモンから,法的にイエスの父であるヨセフまでの系譜によって,イエスにダビデの王座につく法的権利があることを示している。マタイもルカもヨセフはイエスの養父であることを示している。マタ 1:1,16,ルカ 3:23の注釈を参照。

サルモン: ギリシャ語の古代写本では,「サラ」としているものと「サルモン」としているものがある。サルモンはエリコのラハブと結婚し,ボアズが生まれた。(ルツ 4:20-22。マタ 1:4,5代一 2:11で,この名前はヘブライ語のつづりが異なっており,「サルマの子はボアズ」となっている。

アルニ: これはマタ 1:3,4にあるラム(ギリシャ語アラム)という名前の変異形。代一 2:9でラムは「ヘツロンの子」の1人として挙げられていて,ルツ 4:19には「ヘツロンの子はラム」とある。ルカの記述のこの部分で「ラム」を使っている写本もあるが,「アルニ」という変異形が使われていることには写本の有力な裏付けがある。

カイナン: ここの「カイナン」を省いている古代写本も幾つかある。これは創 10:24; 11:12,13代一 1:18のマソラ本文と一致している。そこではシェラハがアルパクシャドの子となっている。とはいえ,西暦5世紀のアレクサンドリア写本など,ギリシャ語セプトゥアギンタ訳の現存する写本にある系譜にはカイナンの名前が出ている。ルカの福音書の多数の写本も「カイナン」を含めることを支持している。それで,ほとんどの聖書翻訳にその名前が含まれている。

アダム: ルカはイエスの系譜を全人類の父祖アダムまでたどっている。これは,良い知らせを全ての人のために,ユダヤ人にもユダヤ人でない人にも向けて書くというルカの意図に沿っている。一方,マタイは特にユダヤ人のために福音書を書いたようで,イエスの系譜をアブラハムまでで終えている。ルカの福音書が広く多くの人に訴えるものであることは,キリストの音信と活動がどんな背景の人にも良い影響を与えたことを記録していることからも分かる。例えば,重い皮膚病にかかったサマリア人,裕福な徴税人,死刑宣告を受けて杭に掛けられている泥棒の例がある。(ルカ 17:11-19; 19:2-10; 23:39-43

アダムは神の子: この語句は,人類の始まりにまでさかのぼっており,最初の人間が神によって神に似た者として創造されたという創世記の記述と合致している。(創 1:26,27; 2:7)また,ロマ 5:12; 8:20,21コ一 15:22,45など,他の聖句を理解する助けにもなる。

メディア

ティベリウス・カエサル
ティベリウス・カエサル

ティベリウスは紀元前42年に生まれ,西暦14年に第2代ローマ皇帝になり,37年3月まで生きた。ティベリウスはイエスの宣教期間を通じて在位していたので,イエスが人頭税の硬貨について「カエサルのものはカエサルに」と言った時のカエサルはティベリウスだった。(マタ 22:17-21。マル 12:14-17。ルカ 20:22-25

ヘロデ・アンテパスが造った硬貨
ヘロデ・アンテパスが造った硬貨

これらの写真は,イエスが宣教を行っていた頃に鋳造された銅貨の両面。硬貨を造らせたヘロデ・アンテパスはガリラヤとペレアの四分領太守つまり地域支配者。イエスがエルサレムに行く途中でヘロデの領土のペレアを通った時と思われるが,パリサイ派の人たちは,ヘロデがイエスを殺そうとしていると告げた。イエスはそれに答えた時,ヘロデを「あのキツネ」と呼んだ。(ルカ 13:32の注釈を参照。)ヘロデの支配下にいたのはほとんどがユダヤ人だったので,彼が造った硬貨にはヤシの枝(1)と木の葉の冠(2)が描かれている。それらはユダヤ人の感情を害するものではなかった。

荒野
荒野

聖書で「荒野」と訳される原語(ヘブライ語ミドバール,ギリシャ語エレーモス)は一般に,ほとんど人が住まず,耕作されていない土地を指す。低木や草,さらには牧草も生える原野のことが多い。これらの語は,まさに砂漠と言える水のない地域を指すこともある。福音書で,荒野といえば一般にユダヤの荒野を指す。ヨハネが暮らして伝道し,イエスが悪魔から誘惑を受けたのはその荒野。(マル 1:12

サンダル
サンダル

聖書時代,サンダルは革や木,他の繊維質の材料でできた平らな底を革ひもで足にくくりつけたものだった。サンダルはある種の取引の象徴として,また比喩としても使われた。例えば,律法の下で,やもめは自分との義兄弟結婚を拒んだ人のサンダルを脱がせ,その人の家は非難を込めて,「サンダルを脱がされた者の家」と呼ばれた。(申 25:9,10)所有物や買い戻しの権利の譲渡はサンダルを相手に渡すことによって表された。(ルツ 4:7)人のサンダルのひもをほどいたりサンダルを運んだりするのは,奴隷のような立場の低い人の仕事と見なされていた。バプテストのヨハネはこの習慣に触れてキリストが自分より上であることを示した。

脱穀の道具
脱穀の道具

この2つの脱穀そりの複製品(1)は裏返しになっていて,そりの下面に埋め込まれたとがった石が見えている。(イザ 41:15)2枚目の写真(2)に写っているように,農作業者は穀物の束を脱穀場に広げ,そりの上に立って,牛などの動物に穀物の上を引きずらせた。動物のひづめとそりに付いたとがった石で穀物の茎や穂が切れて砕かれ,穀粒が外れた。その後,農作業者は,フォークやシャベル(3)を使って,脱穀した穀物を空中に放り上げた。もみ殻は風で飛ばされ,穀粒は重いので地面に落ちた。聖書で脱穀は,エホバの敵が打ち砕かれることの適切な象徴として使われている。(エレ 51:33。ミカ 4:12,13)バプテストのヨハネは,脱穀を例えに用いて,正しい人が邪悪な人から分けられる様子を示した。