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聖書に出てくる女性たちから何を学べますか

聖書に出てくる女性たちから何を学べますか

せいしょこた

 せいしょにはいろいろなじょせいたちのかたかれていて,たくさんのきょうくんまなべます。(ローマ 15:4。テモテだい 3:16,17)このではじょせいたちをかんたんしょうかいします。そのほとんどはほんとなるらしいひとたちですが,わたしたちへのけいこくとなるひとたちもいます。(コリントだいいち 10:11。ヘブライ 6:12

  アビガイル

 どんなひと アビガイルは,かねちであらっぽいひとナバルのつまでした。アビガイルはてんき,けんそんで,よう姿うつくしく,かみうやまひとでした。(サムエルだいいち 25:3

 なにをしたひと アビガイルはわざわいをかいするためにはたらかせました。アビガイルとナバルは,イスラエルのしょうらいおうダビデがとうぼうせいかつおくっていたいきんでいました。そのかんダビデとたちは,ナバルのひつじれをどろぼうからまもってあげていました。それでダビデは使しゃつかわし,しょくりょうけてほしいとナバルにおねがいします。しかしナバルがおうへいたいきょぜつしたため,ダビデのげきりんれます! ダビデとたちは,ナバルといえおとこたちぜんいんころそうとていきました。(サムエルだいいち 25:10-12,22

 アビガイルはおっとがしたことをくとすぐにこうどうします。使つかいたちにしょくりょうわたしてダビデとたちにとどけさせ,ぶんもダビデにあわれみをうためにあといていきます。(サムエルだいいち 25:14-19,24-31)ダビデはかのじょおくものけんそんたいかしこいアドバイスをいて,かみさいあくたいふせぐためにアビガイルをつかわしたことにきました。(サムエルだいいち 25:32,33もなくナバルはに,アビガイルはダビデのつまとなりました。(サムエルだいいち 25:37-41

 まなべるきょうくん アビガイルはうつくしくてゆうふくでしたが,うぬぼれませんでした。ぶんがなくてもしゃざいすることをいとわず,へいかんけいたもとうとしました。きんちょうしたじょうきょうでもいてたいしょし,たくみさやゆうしめし,りょぶかこうどうしました。

  イゼベル

 どんなひと イゼベルはイスラエルじんのアハブおうつまですが,イスラエルじんではありません。カナンじんかみバアルをすうはいし,エホバをすうはいしませんでした。

 なにをしたひと イゼベルおうごうまんれいこくらんぼうひとでした。どうとくこうにふけるバアルすうはいひろめていて,しんかみエホバへのすうはいこんぜつしようとたくらんでいました。(れつおうだいいち 18:4,13; 19:1-3

 イゼベルはぶんかっよくぼうたすために,うそをついてひところしました。(れつおうだいいち 21:8-16かみこくしたとおり,かのじょさんげ,だれにもほうむられませんでした。(れつおうだいいち 21:23。れつおうだい 9:10,32-37

 まなべるきょうくん イゼベルはけいこくとなるれいです。どうとくしんがないあつかましいひとで,そのまえはじらずでつつしみにけたどうとくじょせいだいめいになりました。

  エステル

 どんなひと エステルはユダヤじんじょせいで,ペルシャのアハシュエロスおうつまえらばれました。

 なにをしたひと エステルおうぶんみんぞくだいぎゃくさつするためにじんりょくしました。エステルは,ペルシャていこくむユダヤじんすべてをさつがいするさだめためいれいされたことをります。これはしゅしょうハマンのわざでした。(エステル 3:13-15; 4:1,5)エステルはとしうえのいとこモルデカイのたすけをつつ,みずからのいのちけて,おっとのアハシュエロスおうにハマンのいんぼうらせました。(エステル 4:10-16; 7:1-10)アハシュエロスは,エステルとモルデカイのねがいをれてべつめいれいさせ,ユダヤじんぶんたちのいのちまもけんあたえます。ユダヤじんてきてっていてきかしました。(エステル 8:5-11; 9:16,17

 まなべるきょうくん エステルおうゆうけんそんさ,つつしみのきわったほんです。(へん 31:24。フィリピ 2:3うつくしくてたかひとでしたが,アドバイスやたすけをもとめました。おっとにはたくみさやけいしめしつつ,だいたんかたりました。ユダヤじんぜんめつめんしたときには,ぶんもその1人ひとりであることをおそれずにかしました。

  エバ

 どんなひと エバはじんるいさいしょじょせいで,せいしょなかさいしょとうじょうしたじょせいです。

 なにをしたひと エバはかみからのめいかくしたがいませんでした。おっとのアダムとおなじように,エバもゆうや,あいといったかみせいしつつちかのうりょくかんぜんにんげんとしてそうぞうされました。(そうせい 1:27)エバは,あるべればぬというけいこくかみがアダムにあたえたことをっていました。ところが,そのべてもなないといううそをしんみ,かみそむいたほうがもっとかたができるとかんがえます。エバはそのべてしまい,のちおっとにもべるようにすすめました。(そうせい 3:1-6。テモテだいいち 2:14

 まなべるきょうくん わるよくぼういだつづけるのはけんなことです。かみめいかくめいれいがあったにもかかわらず,エバはよくぼうつのらせて,ぶんあたえられていないものをれようとしました。(そうせい 3:6。ヨハネだいいち 2:16

  サラ

 どんなひと サラはアブラハムのつまで,イサクのははおやでした。

 なにをしたひと サラははんえいしたまちウルでのかいてきせいかつあとにしました。かみおっとアブラハムにやくそくしたことしんこうったからです。かみは,ウルをてカナンほうきなさいとアブラハムにいました。かみはアブラハムをしゅくふくし,アブラハムからだいこくみんまれるようにするとやくそくしました。(そうせい 12:1-5)サラはそのころ60だいだったとおもわれます。それこう,サラはアブラハムとともゆうぼくせいかつをしました。

 サラはゆうぼくせいかつけんいますが,アブラハムがかみみちびきにしたがえるようにささえました。(そうせい 12:10,15なんねんものあいだサラはどもめぐまれず,ひどくかなしみました。ですが,かみはアブラハムのそんしゅくふくするとやくそくしていました。(そうせい 12:7; 13:15; 15:18; 16:1,2,15)やがてかみは,サラがアブラハムのどもむとやくそくします。サラはどもめるねんれいをとうにぎていましたが,たしかにどもみました。サラが90さいおっとのアブラハムが100さいときでした。(そうせい 17:17; 21:2-52人ふたり息子むすこをイサクとけました。

 まなべるきょうくん サラのれいから,どんなにのうおもえるやくそくでも,かみかならじつげんさせてくださることをかくしんできます。(ヘブライ 11:11けっこんせいかつつまけいしめすことのたいせつさもまなべます。(ペテロだいいち 3:5,6

  シュラムのおと

 どんなひと シュラムのおと田舎いなかしゅっしんうつくしいむすめで,「ソロモンのうた」のしゅじんこうです。せいしょにはまえかれていません。

 なにをしたひと シュラムのおとひつじいのわかものるぎないあいいだきました。(ソロモンのうた 2:16)でも,とてもうつくしかったため,ゆうふくなソロモンおうまり,こうしめされます。(ソロモンのうた 7:6まわりのひとたちからソロモンをえらぶようすすめられますが,シュラムのおとことわり,たちひくひつじいのわかものあいつづけました。(ソロモンのうた 3:5; 7:10; 8:6

 まなべるきょうくん シュラムのおとうつくしく,おうにもあいされましたがけんきょでした。とみめいせいみやまわりからのあつりょくがあっても,ちはらぎませんでした。かんじょうをコントロールし,ていけつでした。

  デボラ

 どんなひと デボラはイスラエルのかみエホバにつかえるおんなげんしゃで,ひとびとにエホバのつたえました。また,イスラエルじんあいだしょうじたもんだいかいけつしました。(さばびと 4:4,5

 なにをしたひと おんなげんしゃデボラはエホバにつかえるひとたちをゆうかんたすけました。かみからのどおり,てきのカナンじんたたかうイスラエルぐんしゃとしてバラクをびます。(さばびと 4:6,7)バラクがいっしょてほしいとたのむと,デボラはおそれることなくよろこんでおうじます。(さばびと 4:8,9

 かみがイスラエルにけっていてきしょうあたえたあと,デボラとバラクはそのごとうたいました。そのうたいちはデボラがつくりました。デボラはそのなかで,カナンじんたおしたもう1人ひとりゆうかんじょせいヤエルについてべています。(さばびと 5しょう

 まなべるきょうくん デボラはせいせいしんゆうかんじょせいでした。かみからただしいことをするようひとびとはげまし,そのようにこうどうしたひとたちをしみなくしょうさんしました。

  デリラ

 どんなひと デリラはイスラエルのさばびとサムソンがあいしたじょせいです。(さばびと 16:4,5

 なにをしたひと デリラはてきのフィリスティアじんやくにんたちからおかねをもらい,サムソンをうらりました。サムソンはイスラエルじんきゅうしゅつするためにかみもちいていたひとです。フィリスティアじんはサムソンがちょうじんてきちからてませんでした。(さばびと 13:5)それで,ひそかにデリラにたすけをもとめたのです。

 フィリスティアじんはデリラをばいしゅうし,なぜサムソンになみはずれたちからがあるのかをさぐらせます。デリラはおかねり,なんそうとこころみ,ついにサムソンのくちらせます。(さばびと 16:15-17)デリラがそのみつをフィリスティアじんはなしたため,かれらはサムソンをらえてろうれました。(さばびと 16:18-21

 まなべるきょうくん デリラはけいこくとなるれいです。おかねどんよくで,エホバかみつかえるひとをだまし,ちゅうじつてきこうどうりました。

  ハンナ

 どんなひと ハンナはエルカナのつまで,だいイスラエルのゆうめいげんしゃサムエルのははおやでした。(サムエルだいいち 1:1,2,4-7

 なにをしたひと どもができなかったハンナは,かみなぐさめをもとめました。おっとにはつま2人ふたりいて,もう1人ひとりつまペニンナにはどもがいましたが,ハンナにはなんねんたってもどもができませんでした。ハンナはペニンナからひどいいやがらせをけ,かみなぐさめをいのもとめます。そして,もしおとこさずけてくださるなら,まくつまりすうはいのためのどうしきてんまくでのほうのためにそのささげます,とちかいます。(サムエルだいいち 1:11

 かみいのりにこたえ,ハンナはサムエルをみます。ハンナはやくそくまもり,まくほうさせるためにおさないサムエルをれていきます。(サムエルだいいち 1:27,28まいとし,サムエルのためにそでなしのうわつくってはとどけました。そのハンナはかみしゅくふくされ,3にん息子むすこ2人ふたりむすめまれました。(サムエルだいいち 2:18-21

 まなべるきょうくん ハンナはこころからいのり,れんえることができました。サムエルだいいち 2しょう1–10せつにあるハンナのかんしゃいのりには,かみへのあついしんこうしんがはっきりとあらわれています。

  マリア(イエスのはは

 どんなひと マリアはユダヤじんじょせいで,しょじょだったときかみせきてきにんしんし,イエスをみました。

 なにをしたひと マリアはかみのぞむことをけんそんおこないました。ヨセフとこんやくしていたときてん使あらわれ,マリアがにんしんしてたいぼうのメシアをむことになるとげられました。(ルカ 1:26-33)マリアはそのやくわりすすんでれます。イエスがまれたのちに,4にん息子むすこと,すくなくとも2人ふたりむすめまれました。ですから,しょじょのままではありませんでした。(マタイ 13:55,56)マリアはこのうえないえいけましたが,イエスのほうかんちゅうも,しょクリスチャンかいしゅうなかでも,ひとびとからのしょうさんもとめようとはしませんでした。

 まなべるきょうくん マリアはおもせきにんすすんでれたちゅうじつじょせいで,せいしょによくつうじていました。あるりょうによると,マリアはルカ 1しょう46-55せつなかで20ほどのせいげんきゅうしています。

  マリア(マルタとラザロのまい

 どんなひと マリアはマルタとラザロとおなじく,イエスのしたしいゆうじんでした。

 なにをしたひと マリアはイエスがかみだとみとめていることをなんしめしました。イエスはラザロがぬのをふせげたはずだというしんこうひょうめいし,ラザロがふっかつさせられたとき,そのにいました。マルタは,つだわずにイエスのはなしいていたマリアをめましたが,イエスはかみについてりたいとおもっていたマリアをめました。(ルカ 10:38-42

 マリアはこころめてイエスをもてなし,「こうこう」をイエスのあたまあしそそぎました。(マタイ 26:6,7こうにしているとしゅうからなんされますが,イエスはマリアをかばい,こういます。「かいじゅうどこでも[かみおうこくの]らせがつたえられるところでは,このじょせいがしたこともかたられ,おもこされます」。(マタイ 24:14; 26:8-13

 まなべるきょうくん マリアにはあついしんこうしんがありました。にちじょうことがらよりもかみへのすうはいゆうせんしました。イエスのためにおかねしまずに使つかい,けんそんたいけいしめしました。

  マリア・マグダレネ

 どんなひと マリア・マグダレネはイエスのちゅうじつでした。

 なにをしたひと マリア・マグダレネはイエスとたちとともたびをしたじょせい1人ひとりです。かれらのひつようまかなうためにおかねしみなく使つかいました。(ルカ 8:1-3)イエスのでんどうさいまでい,イエスがしょけいされるときにもそばにいました。そして,ふっかつしてもないイエスをるというめいにあずかったひと1人ひとりでした。(ヨハネ 20:11-18

 まなべるきょうくん マリア・マグダレネはイエスのでんどうかつどうこころよくサポートし,ちゅうじつとしてつかえました。

  マルタ

 どんなひと マルタはラザロとマリアのまいで,3にんともエルサレムのちかくのむらベタニヤにんでいました。

 なにをしたひと マルタはイエスとしたしく,イエスは「マルタとマリアとラザロをあいして」いました。(ヨハネ 11:5)マルタはひとをよくもてなしました。イエスがいえほうもんしたさい,マリアはイエスのはなしいていましたが,マルタはいそがしくしていました。マリアがつだってくれないことでまんべると,イエスはマルタのかたやさしくただしました。(ルカ 10:38-42

 ラザロがびょうになったとき,マルタとマリアはイエスにてほしいとたのみます。イエスがラザロをやせることをしんじていたからです。(ヨハネ 11:3,21)しかしラザロはんでしまいます。マルタはイエスとのかいとおし,せいしょふっかつやくそくと,ラザロをかえらせるイエスののうりょくたいするかくしんあらわしました。(ヨハネ 11:20-27

 まなべるきょうくん マルタはきんべんひとをもてなしました。アドバイスをすすんでれ,ひとびとまえぶんちやしんこうについてかたりました。

  ミリアム

 どんなひと ミリアムはモーセとアロンのあねでした。せいしょなかおんなげんしゃばれたさいしょひとです。

 なにをしたひと ミリアムはおんなげんしゃとしてかみからのメッセージをひとびとつたえました。イスラエルのなかったたちにあり,かみこうかいでエジプトぐんかいめつさせたときにはだんせいたちとともしょううたうたいました。(しゅつエジプト 15:1,20,21

 そののちしばらくして,ミリアムとアロンはモーセをはんしました。ほこりやしっしんがあったようです。かみは「これをいていた」ので,2人ふたりきびしくとがめます。(みんすう 12:1-9かみはミリアムをおもびょうちました。モーセへのはんをたきつけたのはミリアムだったからだとおもわれます。ミリアムをやしてほしいとモーセがたんがんしたので,かみれます。ミリアムは7かんかくされたあと,イスラエルの宿しゅくえいもどることができました。(みんすう 12:10-15

 せいしょによると,ミリアムはきょうせいれました。なんせいのちに,かみはイスラエルじんかたさいにミリアムのとくべつやくわりについてこうべました。「あなたのまえにモーセ,アロン,ミリアムをつかわした」。(ミカ 6:4

 まなべるきょうくん かみぶんつかえるひとたちがなにい,たがいについてなにはなすかにちゅうもくしています。また,かみよろこばれるには,ほこりやしっしんこくふくしなければなりません。そうしたけいこうひとひょうばんそこないかねません。

  ヤエル

 どんなひと ヤエルはヘベルのつまで,イスラエルじんではありません。ヤエルはおそれずにかみたみたすけました。

 なにをしたひと ヤエルは,カナンじんぐんたいちょうシセラがかのじょてんまくあらわれたときかんこうどうしました。イスラエルとのたたかいにやぶれたシセラはかくさがしていたので,ヤエルはてんまくまねれてやすませます。そして,ねむんだシセラをころしました。(さばびと 4:17-21

 ヤエルのこうどうにより,「エホバはシセラを,あるじょせいわたす」というデボラのげんじつげんしました。(さばびと 4:9)ヤエルはじゅうようやくわりたしたので,「じょせいのうちもっとしゅくふくされたひと」というしょうさんけます。(さばびと 5:24

 まなべるきょうくん ヤエルはすすんでこうどうし,ゆうしめしました。かみものごとたくみにうごかしてげんじつげんさせます。

  ラケル

 どんなひと ラケルはラバンのむすめで,ぞくちょうヤコブにあいされたつまです。

 なにをしたひと ラケルはヤコブとけっこんして2人ふたり息子むすこみ,だいイスラエルの12ぞくきずかれました。ラケルはちちひつじしているときにヤコブにいました。(そうせい 29:9,10あねのレアとくらべてラケルは「とてもりょくてき」でした。(そうせい 29:17

 ヤコブはラケルをあいし,けっこんするために7ねんかんはたらくことにどうします。(そうせい 29:18)しかしラバンはヤコブをだまし,さきにレアとけっこんさせ,そのラケルとけっこんすることをゆるします。(そうせい 29:25-27

 ヤコブはレアとかのじょどもたちよりも,ラケルと2人ふたり息子むすこあいしました。(そうせい 37:3; 44:20,27-29)そのけっ,ラケルとレアはたがいをライバルするようになりました。(そうせい 29:30; 30:1,15

 まなべるきょうくん ラケルはかみかならいのりをいてくださるとしんじて,ていないでのむずかしいじょうきょうえました。(そうせい 30:22-24いっさいきんちょうしたかんけいしょうじさせます。けっこんほんらいじゅんであるいっいっせいには,かみあらわれています。(マタイ 19:4-6

  ラハブ

 どんなひと ラハブはカナンじんまちエリコにんでいたしょうで,エホバのすうはいしゃになりました。

 なにをしたひと ラハブはカナンをていさつしにていた2人ふたりのイスラエルじんかくしました。ラハブがそのようにこうどうしたのは,イスラエルのかみエホバがごぶんたみをエジプトからきゅうしゅつしたことや,のちてきのアモリじんたおしたことをいたからです。

 ラハブはていさつしゃたちをたすけ,イスラエルじんがエリコをこうげきするさいぶんぞくかしてほしいとたんがんします。ていさつしゃたちはどうしますが,いくつかじょうけんします。ていさつしゃたちのにんについてみつまもること,イスラエルじんこうげきするときぞくともかのじょいえにとどまっていること,いえしょがすぐかるようにいろつなまどむすぶことです。ラハブはすべてのしたがい,イスラエルじんがエリコをとしたときぞくともびました。

 そのラハブはイスラエルじんけっこんし,ダビデおうとイエス・キリストのせんになりました。(ヨシュア 2:1-24; 6:25。マタイ 1:5,6,16

 まなべるきょうくん ラハブはしんこうきわったほんです。(ヘブライ 11:30,31。ヤコブ 2:25かみこころよゆるしてくださるこうへいかたで,どんなはいけいひとでもかみしんらいするならしゅくふくしてくださいます。

  リベカ

 どんなひと リベカはイサクのつまで,ふたのヤコブとエサウのははおやでした。

 なにをしたひと リベカはむずかしいじょうきょうでもかみのぞむことをおこないました。リベカがみずをくんでいたとき,あるだんせいからみずひとくちませてほしいとたのまれました。リベカはすぐにみずし,だんせいのラクダにもみずませることをもうました。(そうせい 24:15-20)そのだんせいはアブラハムのじゅうしゃで,アブラハムの息子むすこイサクのつまつけるためにながたびをしていました。(そうせい 24:2-4じゅうしゃかみからのしゅくふくいのもとめていました。リベカのきんべんさともてなしをて,かみぶんいのりにこたえてくださり,イサクのつまにリベカをえらんだことにきました。(そうせい 24:10-14,21,27

 リベカはじゅうしゃたびもくてきると,じゅうしゃともき,イサクのつまになることにどうしました。(そうせい 24:57-59)そのリベカはふたみますが,かみあにのエサウがおとうとのヤコブにつかえることになるとげていました。(そうせい 25:23)イサクはエサウがちょうなんとしてしゅくふくけるようにとかみねがもとめることにします。リベカはそのしゅくふくがヤコブにあたえられるようにち,かみ調ちょうしてこうどうしました。(そうせい 27:1-17

 まなべるきょうくん つつしぶかきんべんひとをよくもてなしたリベカは,つまははまたしんかみすうはいしゃとしてらしいじょせいです。

  ルツ

 どんなひと ルツはモアブじんで,ぶんかみててきょうあとにし,イスラエルのかみエホバのすうはいしゃとなったじょせいです。

 なにをしたひと ルツはしゅうとめのナオミをふかあいしました。イスラエルできんきたため,ナオミはおっと息子むすこ2人ふたりともにモアブにじゅうしていました。やがて息子むすこたちはそれぞれ,モアブじんじょせいであるルツとオルパとけっこんします。ところが,ナオミのおっと2人ふたり息子むすこくなってしまい,3にんのやもめたちがのこされました。

 ナオミはかんばつがわったイスラエルにもどることにします。ルツとオルパはいっしょこうとしますが,ナオミはじっかえるよう2人ふたりすすめ,オルパはそうしました。(ルツ 1:1-6,15いっぽうルツは,しゅうとめにるぎないあいしめします。ルツはナオミをあいしていて,ナオミのかみエホバをすうはいしたいとおもっていました。(ルツ 1:16,17; 2:11

 けんしんてきよめはたらものだったルツのひょうばんは,ナオミのきょうベツレヘムですぐにひろまりました。ゆうふくしょゆうしゃであるボアズはルツにとてもかんめいけ,ルツとナオミにしみなくしょくもつていきょうしました。(ルツ 2:5-7,20のちにルツはボアズとけっこんし,ダビデおうとイエス・キリストのせんになりました。(マタイ 1:5,6,16

 まなべるきょうくん ルツはナオミとエホバをあいしていたので,きょうぞくすすんであとにしました。よくはたらき,けんしんてきで,ぎゃっきょうめんしてもるぎないあいしめしました。

  レア

 どんなひと レアはぞくちょうヤコブのさいしょつまで,もう1人ひとりつまはレアのいもうとラケルでした。(そうせい 29:20-29

 なにをしたひと レアはヤコブの息子むすこを6にんみました。(ルツ 4:11)ヤコブはラケルとけっこんするつもりでしたが,かのじょたちのちちおやラバンはレアをあたえました。ヤコブはだまされたことにいてこうしますが,ラバンはしたむすめさきよめにやるしゅうかんがないとしゅちょうします。1しゅうかん,ヤコブはラケルとけっこんします。(そうせい 29:26-28

 ヤコブはレアよりもラケルをあいしました。(そうせい 29:30)レアはしっられ,ヤコブのあいじょうもとめていもうといました。かみはレアのかんじょうづかい,どもを7にんあたえてしゅくふくしました。レアは息子むすこ6にんむすめ1人ひとりははおやになりました。(そうせい 29:31

 まなべるきょうくん レアはいのりによってかみたよりました。つらいじょうきょうかれていても,かみたすけてくださっていることへのかんしゃわすれませんでした。(そうせい 29:32–35; 30:20)レアのしょうがいろくいっさいがいあきらかにしています。かみいっさいきょようしていたもありましたが,かみみとめているけっこんじゅんいっいっです。(マタイ 19:4-6

  ロトのつま

 どんなひと せいしょまえあきらかにしていません。ロトとつまには2人ふたりむすめがいて,ぞくでソドムというまちんでいました。(そうせい 19:1,15

 なにをしたひと ロトのつまかみめいれいしたがいませんでした。ソドムとまわりのまちひとびとはなはだしいせいてきどうとくおこなっていたため,かみはそれらのまちほろぼすことにめました。かみはソドムにんでいたただしいひとロトとぞくあいしていたので,2人ふたりてん使つかわして,ロトのぞくあんぜんのがれさせようとしました。(そうせい 18:20; 19:1,12,13

 てん使はロトのぞくに,このいきからげなさい,うしろをかえってはいけない,といます。かえるならんでしまいます。(そうせい 19:17)ロトのつまは「かえったため,しおはしらになっ」てしまいました。(そうせい 19:26

 まなべるきょうくん ものへのあいちゃくつよぎると,かみじゅうじゅんになってしまいます。イエスはけいこくとして「ロトのつまのことをおもしなさい」といました。(ルカ 17:32

 せいしょてくるじょせいたちのねんぴょう

  1.  エバ

  2. こうずい西せいれきぜん2370ねん

  3.  サラ

  4.  ロトのつま

  5.  リベカ

  6.  レア

  7.  ラケル

  8. しゅつエジプト(西せいれきぜん1513ねん

  9.  ミリアム

  10.  ラハブ

  11.  ルツ

  12.  デボラ

  13.  ヤエル

  14.  デリラ

  15.  ハンナ

  16. イスラエルのさいしょおう西せいれきぜん1117ねん

  17.  アビガイル

  18.  シュラムのおと

  19.  イゼベル

  20.  エステル

  21.  マリア(イエスのはは

  22. イエスのバプテスマ(西せいれき29ねん

  23.  マルタ

  24.  マリア(マルタとラザロのまい

  25.  マリア・マグダレネ

  26. イエスの西せいれき33ねん